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お米づくりを通じて思う事

お米づくりを通じて思う事

春、雪が解けると山々は淡い若草色に染まりはじめます。夏が近づくにつれ緑はだんだんと濃くなり、秋には紅葉に染まりそして冬を迎え葉を落とします。これが自然の中での植物のいとなみで本来の姿といえます。自ら落とした葉が微生物などに分解され肥料となり気温が上昇するとともに加速し緑を濃くしていきます。
しかし化学肥料全盛の昨今では稲は苗の段階から青々と育ち、田植えからひと月もすると、あっという間に田んぼの水面を緑が覆います。中盤からは伸び過ぎや無駄な茎を出させない為と肥料を中断し稲を飢餓状態にさせて生育を調整します。そして穂が出る前にまた少し肥料をあげるといった具合です。それは自然のサイクルとはまるで反対の肥効曲線をたどった生育です。たしかに合理的で手間やコストがかからない栽培方法ですが植物を影で支える微生物の住処であり地力のもとである土中の有機質を着実に消耗しつづけてきています。
 このままでは、いづれアメリカの農地の荒廃やヨーロッパの地下水汚染のような結果につながらないとも限りません。それら合理性や収穫量を重視した栽培は肥料の大量投入と過密栽培によって作物が軟弱になり病害虫への抵抗力の低下を引き起こし多量の農薬を必要とします。そして田畑に散布された農薬はもともといた有用微生物や益虫までも排除してしまいさらなる農薬散布という事態を引き起こしています。私たちは目先の利益や合理性の為に知らないうちに大きなリスクを背負っています。
 私自身は農薬は絶対にいけないとは思っていません。今日の食糧の安定・大量供給は農薬や化成肥料によって成り立っている事の重要性も理解しているつもりです。時には農薬がなければどうにもならない場合だっておこることもあります。たとえばイモチ病などは自分でどんなに気を付けても周りから飛んできます。もし感染し大量発生すればまわりに被害を拡大させてしまうこともあるからです。(今の所なったことはありませんが・・・) 害虫や病気、雑草といわれ農薬の対象とさているものも太古の昔から稲や野菜などと共存して今日まで存続してきました。そもそも害虫や病気、雑草にそれだけの致命的な影響力があったなら今現在稲や野菜は存在してないはずですから。人間だって不摂生をしたり栄養が偏っていれば体調を崩したり病気になったりします。植物も同じで無理をさせずに健康にその植物本来の育ちかたをすれば病気や害虫の影響を受けにくすることは可能と考えています。わたしたちはお米作りを通じて永続的な食糧環境、自然環境を維持できるよう取り組みをしていかなければならないと考えています。

無農薬・有機栽培を考えるようになったきっかけ

 学生時代のわたしは陸上競技の長距離に情熱をかたむけていました。県内でも名門といわれ毎年のように全国大会に出場するようなクラブでしたから練習もけっして楽なものではありませんでした。少しでも速くなるために練習以外にも色々な事に興味をもち取り組んできました。今でいうサプリメントなどもそうです。酸素の摂取効率をあげるためにビタミンEをとったり、効率よく筋肉をつくるためにプロテインなどもとったりしました。今考えるとどの程度効果があったかは知る由もありませんが、当時は練習と体づくりのためにいろいろとしていました。
 その後高校を出て大学に入り食生活が一変しました。食事はなるべく簡単なもので足りない栄養はサプリメントを食べればいいやという極端なものでした。今考えると、あさはかで、とんでもない勘違いをしていました。そして、大学4年の冬に変化がおこりました。アトピー性皮膚炎になってしまったのです。かろうじて卒業はしたものの、症状がかなり重く顔や首をはじめほぼ全身にでていました。顔などは掻きこわして見るかげもなくとても人前に出られるようなものではありませんでした。全身のかゆみと引っ掻いて出来た炎症で1年近く自宅療養をすることとなりました。今思い起こしても、とても辛い1年でした。原因はいまだにはっきりはわかりませんが、偏った食生活の影響が大きかったのではといまだに思っています。
 そのころからか、少しずつ食への考えが変わってきたように思います。食べることの大切さです。ごく当たり前のことですがきちんとした食事をとるということです。日常の食べ物からは炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、中量要素ミネラルそして本当に影響があるのだろうかと思えるほどの微量要素ミネラルなどいろいろな要素によって命を維持しています。そんな当たり前のことなんですが少しずつ目を向けるようになりました。
 そんなある日、友人の実家でつくったお米を食べる機会がありました。魚沼のコシヒカリです。それまでお米はおかずと一緒に食べるおなかを満たすものでした。(今考えると失礼な話ですが・・)しかし、このお米を食べた瞬間「お米」対する価値観が大きく変わりました。大げさかもしてませんが「感動」となんとなくほっとする「安心感」、いままでいろいろな物を食べて「おいしい」と思ったことはあったけれどこんな感覚ははじめてでした。
 そんな出会いから6年、一大決心をすることとなりました。「おいしいお米をつくってみたい」その思いでそれまでやっていた仕事をはなれ米農家になることを決めたのです。いわゆる、新規就農です。南魚沼の知人のところをたより1年間見習いをすることに。そして農業改良普及センターのすすめで塩沢町の先進農家のところで2年間の農業研修をさせていただくことになりました。農業はほとんどが始めてやることばかり、肉体的にはきついけれど、田んぼでは日々新しい発見があって充実した研修をおくらせて頂きました。そして農協のお米の集荷や食味検査の手伝いという機会も与えて頂きました。多くのお米をみる機会を頂いたことは今でもわたしの財産になっています。
 そんななか、あることを思い出しました。学生時代の自分の食生活のことです。「今、稲たちは自分の若かったころと同じ状況にあるんじゃないか?」チッ素、リン酸、カリとその他数種類の主要要素だけで栽培されている稲は、はたして健康なんだろうか?そんなことをあれこれ考えているうちに有機栽培にたどり着きました。調べていくうちに、稲も本当は人間と同じように様々な栄養素を必要としていること、土に住む微生物が人間でいう消化器官の役割を果たしていることがわかってきました。そして、稲の消化吸収を助けている微生物が農薬の影響をうけ本来の働きをしにくくなっていること、有機物の消耗によってその微生物の住処ががなくなってきていることがわかりました。稲も人と同じように細胞をもつ生き物。同じ一生を終えるなら健康に、幸せに育っておいしいお米を実らせてほしい。そんな思いから有機・無農薬での米づくりがスタートしました。
 有機・無農薬栽培と言ってもそう簡単にできるものではありませんでした。始めのうちは肥料の効き方がわからなかったり、雑草に負けたりで思うような稲とはほど遠いものでした。そのころまだ魚沼での無農薬栽培は認識が低く、無農薬の田んぼから稲の病気が広がるなどとかなり風当たりも冷たいものもあり、また、出来の悪い稲をみて「上州の(もともと群馬県の出身です)、新種の稲でも植えたか?」とか、夫婦で田の草をとっていると、おしどり夫婦にひっかけて「アイガモ夫婦」とひやかされることもありました。悪気のない言葉なのですが当時のわたしたちにするとつらい言葉でした。最近では、少しずつ有機栽培へのご理解をいただけるようになりわたしたちの取組みへの賛同者も増えてきました。
 学生の頃、私の先生がいった言葉ですが印象に残っているものがあります。「自然は、人間が手を加えた時点で自然ではなくなる」山の木々は伐採したあと、いくら形を取り繕うように植林しても、もう自然の山ではないんだと・・・。少し意味合いが違うかもしれませんが田んぼの土壌環境も一度崩壊してしまうと、それを取り戻すために莫大な時間とコスト、労力がかかります。そして今日、比較的安全といわれるの食を供給する日本の農地も、土壌による自然治癒力、循環力を失いつつあります。わたしたちは作物が本来もつ性質を十分に発揮できた時にはじめて本当の「おいしい」や「健康」をわけてもらえると考えています。そのためにも有機栽培・無農薬栽培による土壌の健全化は大変重要なことだと考えています。